断片

また話の断片。今度はシャイライ。

『消えた焔』

　毒を喰らわば皿まで。
　東国に伝わる言い回しらしい。毒を飲んだからにはそれを乗せていた皿まで食べてしまえと、なんとも乱暴な言葉だ。
　だけど。
　彼の覚悟はそれ以上のものだった。そのことを私は知らなかった。

「ライラ」
　悪魔が口を開く。しかしその唇が紡ぐのは、堕落の囁きとはかけ離れたもの。

　契約はメリットとデメリットが隣り合わせだ。
　悪魔と同質の存在になれば、老いとは無縁になる。焔の力を得ることができるし、食事もそんなに必要ではなくなる。
　しかしいかなるものも、代価なしには手に入れることはできない。契約の代償として、彼女は水に弱くなった。悪魔のそばを離れることもできない。
　そして、永遠の命というその意味も重さも、やがては思い知ることになるだろう……。
　悪魔にとっても損得はある。契約者がいればその命を共有することで力を増すことができるが、逆に契約者が滅びれば共に死ぬことになる。


「焔の悪魔と聞いてまさかと思っていたが、本当に"あの"悪魔とはな」
「誰ダ……貴様……。
イヤ、コノ力ハ知ッテイル。貴様ハ……」
「ふん。どうやって封印を解いたか知らんが、今度はもう生ぬるいことは言わん。
先祖が相対した時は封印するまでが限界だったようだが、長きに渡る封印の中で力を失った貴様など今ここで滅ぼしてくれる」

「シャイターン！」

「契約ハ解除サレタ」
「……な……に……？」
「契約ヲ交ワシテカラソウ歳月ハ経ッテイナイ。マダ影響ハホトンドナイハズダ」
「待って、シャイターン。何の話？」

「コノママデハ君ニモ影響ガ出ル。ソノ前ニ我トノ接触ヲ絶テバ最悪ノ事態ハ避ケラレル」

　彼は、毒を喰らった。
　そして――あまつさえ、私の分まで飲み込んだのだった。
　残酷な毒を喰らう覚悟はあった。それどころか私は確かに毒を受け入れた。
　なのに……どうして？
　どうして今になって、私だけ切り離したの？

「悪魔を愛したのか？　愚かなことを」

「今のお前はただの人間だ。人を殺す趣味はない」
　そう言い残すと、男は消えた。
　後に残されたのは夜の娘一人。